幼子の日々の糧は一枚の地図だった

 私は地図を見ているのが好きで、旅行の時は地図を手に持ち逐一場所の確認をし、家でも暇を持て余せば大地図帳を床に広げて世界地図を眺めている、そういった子どもでした。
 私にとって、地図の一番の魅力は想像の余地があるところで、平面に描かれている地形や地名、様々な記号などから、まだ見たことのないその場所を頭の中で描くことは誰にも邪魔されない自由な旅でした。特に聞きなれない外国の地名の響きはおもしろく、幼い子を楽しませるにはそれだけで十分な魅力がありました。

*『おとうさんのちず』
 今日紹介する一冊は、食べるのもままならず、生きていくことが困難だった時に、一枚の地図を心の支えとしていた男の子の話です。

 戦争により故郷を追われた家族がいました。親子3人、食べるものも足りず、もちろん男の子が遊ぶおもちゃや本などはあるはずもありません。ある日のこと、市場にパンを買いにいったはずの父が持って帰ってきたものはパンではなく一枚の大きな地図でした。どれほどがっかりしたことでしょう。ところが、壁に地図が貼られると男の子はその地図に 夢中になりました。眺めては写し、眺めては写し、想像の翼で世界中を旅します。それは浜辺だったり雪山だったり、ある時は大都会だったりしました。地図のおかげで男の子はひもじさや貧しさを忘れる事ができたのです。
 地図にある地名は旅するための呪文です。男の子は唱えます。
「フクオカ タカオカ オムスク、フクヤマ ナガヤマ トムスク、オカザキ ミヤザキ ピンスク、ペンシルバニア トランシルバニア ミンスク!」 

 話の中にはないのですが、男の子は大人になって絵本作家になります。実はこの本は作者ユリ・シュルビッツの自伝でもあり、ワルシャワからカザフスタンに移住した4歳から5歳の頃の記憶をもとに書かれました。

おとうさんのちず

おとうさんのちず

 さて、旅に出る準備は整いました。次回は中国へ飛びたいと思います。

 追伸:みなさんも「スリジャナワルダナプラコッテ」なんて口ずさんだ事ありますよね?

 

*おまけのはなし 
 人前で話すのが非常に苦手なのにもかかわらず、そそのかされてエントリーしてしまった紀伊国屋のビブリオバトル7月7日の会「テーマ:絵本」で紹介したのがこの絵本です。振り返って書いていたらあの緊張がよみがえりました。書くように話せたらいいのに!と私は星に願います。